名誉市民

瀬戸内市では、公共の福祉の増進や学術技芸の進展、文化などに貢献した市民、または本市に縁故の深い方に対して、その功績をたたえ瀬戸内市名誉市民の称号を贈り、その功績を称えています。 (旧牛窓町、旧邑久町、旧長船町の名誉町民も含まれています)

古武 弥四郎  (こたけ やしろう)

昭和30年11月表彰:医化学者

明治12年7月2日生。明治35年大阪医学校を卒業後、生化学の権威、京大総長荒木寅三郎博士に師事した。阪大教授、微生物研究所長、医学部長、和歌山医大学長を経て昭和36年3月に退官。医学博士。半生をアミノ酸の研究に傾け、その業績によって昭和36年11月文化功労者の栄誉を受ける。 

昭和43年89歳で逝去

光田 健輔  (みつだ けんすけ)

昭和33年7月表彰:元長島愛生園長

明治9年1月11日生。明治31年東京帝大病理撰科を卒業後、東京市養育院に奉職、昭和6年長島愛生園長となる。昭和32年に愛生園長の職を退くまでの人生を救らい一途に捧げた。昭和24年朝日新聞社会奉仕賞、昭和26文化功労者、文化勲章を受ける。昭和36年社会福祉における国際的な最高賞であるダミエン・ダットン賞を受賞。

昭和39年88歳で逝去

奥田 真須二  (おくだ ますじ)

昭和38年3月表彰:元邑久町長

明治15年2月23日生。明治31年、私立閑谷黌卒業後、邑久郡静修尋常小学校教員となる。邑久郡邑久高等小学校長、岡山県邑久高等女学校長などを歴任し、昭和8年11月教育功労者として帝国教育会長表彰を受ける。昭和23年4月、邑久郡邑久村長に就任。昭和27年4月初代邑久町長に就任、昭和30年12月退任する。

昭和40年84歳で逝去

戸田 高吉  (とだ たかきち)

昭和41年5月表彰:教員、茶華道師範

明治7年3月10日生。17歳にして小学校教員を拝命、大正4年職を辞するまで二十数年間教職に従事する。一方で、茶花にも志を立て人づくりに献身。また恩給の大半をなげうち、社会教化の冊子を無料頒布するなど社会教育に尽くした。

昭和54年105歳で逝去

今泉 濟 (いまいずみ わたる) 刀匠名:俊光   

昭和41年5月表彰:刀匠

明治31年4月21日生。少年時から作刀に興味を持ち、大正9年に備前伝鍛刀技術の口伝を受ける。昭和20年岡山県邑久郡行幸村に設置された備前刀復興鍛錬報国会に、鍛刀技術保存のため招かれて長船に在住する。伝統的備前刀を中心に本格的な作刀研究に取り組み、昭和34年岡山県重要無形文化財保持者の認定を受ける。昭和52年全日本刀匠会名誉会員。平成3年新作刀展示会で特別賞を受賞。 

平成7年97歳で逝去

嘉数 郁衛  (かすう いくえ)   

昭和53年10月表彰:元邑久町長

明治32年10月8日生。大正8年、岡山県邑久土曜学校卒業後、大正10年岡山県職員として奉職。経済部食料課長、物資課長を歴任。昭和26年岡山県人事委員会長。昭和31年1月、邑久町長に就任し、国鉄赤穂線敷設に尽力、製塩工場や関連化学工業誘致、上水道の敷設など、昭和51年1月に退任するまで4期16年間、町発展のために尽くした。

昭和58年82歳で逝去

岡本 隆郎 (おかもと たかお) 雅号:竹田喜之助

平成3年3月表彰:人形師

大正12年6月27日生。東京帝国大学工学部航空工学科在籍中、昭和25年、結城孫太郎(後の竹田三之助一座)の公演に魅せられ一座に入座。人形のからくりや、使用材料に画期的な工夫を凝らし、旧来の糸あやつり人形に新しい生命を吹き込み、「喜之助人形」として見る者に深い感動を与える。昭和30年東京都指定無形文化財に認定。昭和32年、代表作「雪ん子」で文部省芸術祭優秀賞を受賞。

昭和54年56歳で逝去

日下  連  (くさか むらじ)

平成3年6月表彰:医学博士、国立岡山病院名誉院長

明治35年9月26日生。昭和3年岡山医科大学卒業後、昭和21年国立岡山病院長に就任。結核予防事業に尽力し昭和40年に県知事感謝状を受け、昭和48年に国立岡山病院名誉院長となる。昭和49年に勲二等旭日重光章を受賞。

平成4年90歳で逝去

平井 方策  (ひらい ほうさく)

平成4年11月表彰:医師

明治44年2月2日生。昭和14年慈惠医科大学卒業後、岡山医科大学に勤務。昭和25年に家業の平井医院を継ぐ。黒田墓地顕彰会、長船町健康づくり協議会長などを歴任、長年にわたり医療をはじめ、保健や文化活動など多方面にわたり地域に貢献した。平成元年には公衆衛生事業に功労されたことにより厚生大臣から表彰される。

平成9年86歳で逝去

佐竹 徳次郎 (さたけ とくじろう) 雅号:佐竹徳

平成5年7月表彰:洋画家

明治30年11月11日生。日本各地の風景を描き、帝展・新日展・日展に出品、特選を4度受賞するなど渓流の画家として評価を確立した。昭和34年からは旧牛窓町に制作舞台を移し、瀬戸内海の風景、とりわけ牛窓のオリーブや赤松の美しさを描き続け「オリーブの画家」として住民から親しまれ、岡山の美、特に牛窓の自然の美を広く内外に紹介するなど文化の振興に多大な貢献をした。

平成10年100歳で逝去

服部 和一郎 (はっとり わいちろう)

平成6年10月表彰:実業家

明治27年2月24日生。オリーブの油は「栄養価が高く、薬用、灯火にもなり、自然を守る」と、昭和17年に服部氏が650本の苗木を植えた。今では牛窓を代表する観光名所となる。また、昭和22年に養老会理事長に就任、高齢者慰安事業、公益事業に加え生涯学習の観点から「永楽学園」を開設した。昭和42年社会福祉功労による藍綬褒章、昭和47年には自然保護功労による環境庁長官表彰を受賞した。 

平成元年95歳で逝去

緑川 洋一 (みどりかわ よういち)

平成7年3月表彰:写真家

大正4年3月4日生。昭和11年日本大学専門部歯科医学校を卒業後、昭和12年11月に歯科医院を開設。歯科医学校在学時に写真と出会い、月刊誌に瀬戸内の島や塩田などのルポルタージュ写真を投稿。写真集・随筆集は「瀬戸内海」「海のメルヘン」「日本の四季」など70冊に及ぶ。昭和48年内閣総理大臣賞受賞、平成2年勲四等瑞宝賞を受ける。

平成13年86歳で逝去

森 才蔵 (もり さいぞう) 作家名:森陶岳

平成28年9月表彰:備前焼作家

昭和12年3月23日生。昭和34年岡山大学特設美術科を卒業後、昭和41年に日本工芸会正会員となる。作品は、皇居新御所をはじめ公共施設、神社、仏閣、様々な美術館に収蔵されている。昭和46年から大窯計画に着手し、以来全長46メートルの相生大窯、53メートルの寒風大窯、85メートルの寒風新大窯と40年にわたる苦闘を続けた結果、寒風新大窯による新五石大甕の制作は古備前の美に迫る取り組みの集大成となる。平成18年紫綬褒章を受ける。平成28年岡山県文化賞受賞。

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